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2010年8月26日 (木)

<父 死去 その2>ALS(筋萎縮性側索硬化症)

明日、火葬を控えた1日。

姿のある父を見れる最後の日になる。

死んだからと言って悲しんでいるわけにはいかない。

やることがたくさん。それも経験がないことばかりだから、どう段取りしてやればいいのか分からない。

まずは朝一で、病室の片付け。主治医の先生には会えず。あらためて挨拶に伺うことにする。お世話になった言語・作業・理学療法士の先生方。一番コミュニケーションを取っていただいていた先生は、昨日ちょうど出張中。本日、死去の知らせを朝礼か何かで受けているのではないだろうか。
お姿は拝見できたが、他の患者さんのリハビリ中。同じく、またあらためることにする。
荷物を片付け、一度実家へ。これで、病院とも本当にお別れだ。
長い間お世話になった感謝とともに、同じような神経難病患者の行く末を案じる。ここでは退院=死去がほとんど。治癒はしない。せめて、患者、そしてそのご家族にとってよりいい形で終わることを祈る。

帰宅後は、生前連絡しろと言われていた人へ死去の連絡。
ALSになっても、なお顧問として父の社籍を外さず、最後まで父の誇りを守ってくれた会社にまず連絡。さ来週あたりに、実際にお伺いすることにした。
他、今までの病院でお世話になった方々に報告。

うちはまだラッキーだったんじゃないかな。
実家近くのいい療養型病院が見つかって。自宅介護なんか出来っこない。もし、自宅介護だったら、通常病院で何度も転院を繰り返さないといけなかったら。考えるだけで恐ろしい。

その後は、手続き関係の連絡。健康保険や年金など。
役所の人と話すのはどうも嫌いだ。ぶちあけた話が出来ない人たちだから。
イライラしながらも手続きのやり方をだいたい把握する。
案の定、この人が死んで大変な時に役所で色々な書類を用意しないといけない。

死んでからの方が忙しいとよく言っていたが、本当にそのとおりだ。
こんなの老夫婦とかで身寄りもなく、片方の伴侶が無くなって悲しみに打ちひしがれていた場合とかはどうするんだろう。これからの時代、よりあり得る話だ。
もう少し、役所が率先してやれる仕事があるんじゃないのか。
書類を取りに市役所にも行ったが、ぼけ~っとしていた人が何人もいた。

姿がある最後の夜は、母、妹が一緒に寝るらしい。

明日にはお骨になっちゃうんだね。

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ALS(筋萎縮性側索硬化症)」カテゴリの記事

コメント

社籍を残してもらえてたとはすばらしいお父様だったんでしょう

投稿: まこと | 2010年8月27日 (金) 12時32分

>まことさん
取締役ではないのに、この扱いは会社初だったそうです。
筋をいつも通して、部下からの信頼は本当に厚かったみたい。汚い事するの、すごく嫌いな人だったからね。

投稿: SAISEI | 2010年8月28日 (土) 10時45分

母が11月に亡くなりました。ALSと診断されてから僅か3ヶ月後でした。発症年齢が83歳後半でこの難病だとは誰もが思いもせず2つ目の大学病院に検査入院してやっとこの病気であると診断され家族は加齢で筋肉が弱ったんだからと
歩く事や筋肉を鍛える事ばかりを勧めていたのですが母はこの難病ではないかと疑っていました。その本人の想像が揺るぎ無い難病中の難病のALS宣告を受けてからずっと施設の病床で苦しみ悩んだ末、食事も3カ月前から何も通らずただ胃ろうからの栄養エンシュアだけでその胃ろう中に胃から逆流して喉に詰まったらしく命を落としました。衰弱もひどく高齢の身に果たしてALSの病名を告知すべきではなかったのではと後悔しております。

投稿: みい子 | 2011年12月28日 (水) 00時14分

>みい子さん

まだ、おつらい気持ちの中、コメントいただきまして、ありがとうございます。

うちも最初は膝が悪くなったとかでヒアルロン酸注射とかマッサージとかしてましたよ。
まさか、こんな病気に身内がなるとは思わないですもの。

この病気は目に見えて症状が現れるので、告知はやむを得ないように思います。あくまで、個人的な見解です。
患者自身の性格や環境を考慮すれば、必ずしもではないのでしょうが・・・
私も最初は隠した方がいいのかなとも思いました。
ただ、日に日に動かなくなる体、衰弱して口から物を食べれなくなる状態、内臓筋も弱るのか書かれているように逆流して毎日のように何らかのトラブルが発生する。
そんな状況を普通の病気で納得するのは現実的に無理だったように感じます。
この病気は、それを知らずに死んでいくことは出来ないような気がします。

何をしてあげれたのか、もっと出来たのではないか・・・
たくさん、後悔の念が出て、思い悩まれているかもしれません。
やはり、家族の身としては当然の心情だと思います。
でも、こんな不条理な病気になって、患者も苦しみ、家族も苦しみ。これ以上の苦しみを残された者が背負う必要は無いと思うのです。
私は父がこんな病気になって、一時ですが、お互いが今まで以上に思い合う時間が増えたと思っています。物理的な意思疎通は出来なくなっていましたが・・・
それで死んでいったんだから、そんな時間を最後にもらったと思っています。
そうでも思わないとこの複雑な気持ちはどこにもぶつけようがありませんから。

投稿: SAISEI | 2011年12月28日 (水) 12時46分

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