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2010年1月 6日 (水)

<天使の卵の思い出>ALS(筋萎縮性側索硬化症)

仕事の荒いヘルパーがいるという記事を書いていて思い出しました。(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/als-7485.html

去年の春頃ですね。前の病院に入院していた時の話です。

まだしゃべれて、食事は半分くらい介助が必要。歩行はできないが、立ち上がらせて車イスに移動させることは可能(これ、意味分かります? 末期は立ちあがらせることもできなくなるんです。数十秒で苦しくなるみたいで。要は基本寝た状態で全てをしないといけなくなるということです)。

長期入院は規制で出来ませんから、追い出されて自宅介護を考えないといけないと頭を悩ませていた頃ですね。病院も自宅介護の困難さは分かってくれていますから、何とか延期しようとしてくれていました。

まず、最初の手段は臨床研究の症例にすること。ALSはボケないんです。やられるのは運動神経だけですから。だから、その統計データを取る研究に参加しました。毎日、ここはどこですかとかいう当たり前の質問に答えて少しだけ延期。

そして、次の手段が看護士学校の研修症例になること。まだ若い天使の卵が、父に完全付きっきりの1ヶ月ぐらいを過ごしました。

これから厳しい医療看護の世界に入るわけですから、やる気に満ち溢れています。一生懸命です。

でも、下手。やっぱり、経験というものは最高の財産ですね。車イスに移動するためにベッドから立ち上がらせたりするのも、見ていて不安な感じ。ベテラン看護士は、スッと起き上がらせて、クルッと車イスに乗せちゃうんですけどね。

先輩看護士には学校で習わなかったのとか厳しく言われたりしていましたね。父もわがままを言ったりする時期でしたから大変だったんじゃないでしょうか。

でも、仲良くやっていたみたいです。いい経験になったんじゃないでしょうか。ほどよく介助が必要で、ほどよく口うるさい患者。もちろん、こちらも。卵とはいえ、付きっきりの看護士さんがいたんですからね。どんどん進行していく頃で不安も大きかったと思いますが、少しは気が紛れて、穏やかに過ごせたと思います。

この天使の卵さん、最後、学校にまた戻る時、かなり泣いたそうです。私はその場にいませんでしたが。母と妹からの話です。卒業する1年後、就職する病院が決まっていましたので、まだ生きていて、またその病院で会ったらよろしくねとあまりにも泣くので母もフォロー入れたそうです。

荒いヘルパーの話を聞いて、そんなことを思い出しました。

もちろん、泣くことは良しではないでしょう。プロなんですから。でもそれは形としての意見。患者側は泣いてくれるような気持ちで看護・介護してくれるなら、それほどありがたいことはないですよ。技術が下手で作業が未熟さとして出てきても、それが荒さとしては出てこないと思います。

今年の4月に卒業なはずです。あれからもう8ヶ月経っていますから、立派になられたことでしょう。でも、あの時、流してくれた涙はずっともって看護士さんとして活躍して欲しいものです。たくさんの患者と接するので泣いていてはダメでしょうが、「泣かない」ということと「泣けない」では大きな違いです。

偶然にも今、入院している病院がその子の4月からの就職先なんです。4月まで生きれば、会えるかもしれませんね。多分、引きますよ。去年一緒に過ごしてくれた頃からの進行具合に。あの頃が60点ぐらいだったら、今10点ぐらいですからね。いい経験になるから会いに来て欲しいものです。最後の実勉強です。

せっかくこんな病気になったんだから、教育とか色々なことに役に立たないとね。世の中に貢献、特に医療という世界に一石投じられるような病気なんですから。

でも、すっかりきつ~い看護士さんになってたりしてね。

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ALS(筋萎縮性側索硬化症)」カテゴリの記事

コメント

きっとその看護士さんも

今は、たくましくなってますよ♪

ほんと、『泣かない』と『泣けない』では

えらい違いです。ある意味一生懸命がんばった自分に

対して、ってゆうリンクもあるんでしょうけどね(*^-^)

投稿: mio | 2010年1月 6日 (水) 17時18分

SAISEIさんこんばんは。
健気な白衣の天使の卵との出会いがあったんですね。

うちの母は、まだ確定診断から4ヶ月経ってないのに、見るも無惨な姿です。
母は病気に侵される前には民生委員をし、福祉にも力を入れていました。まさか自分がこんな姿になるとも思わずに…。ALSは昨日まで元気だった人間を突然地獄に突き落とします。ひどい病気です。母は食べることもお友達とおしゃべりすることも、カラオケも大好きで、完璧な母で私の自慢でした。
69歳で発病し、すべて無くしました…。
そんな母の出会った看護師さんは、検査入院の時に知り合った看護師さん(中堅層?)。
この稀な病に選ばれた母の行く末を心配して下さり、私たち家族の気持ちになって時には涙し、色々とアドバイスをして下さりました。
その後、先月中旬の胃ろうのための消化器内科への入院ですから、お父様の様な出会いはありません…。
これからも、出会いがあるのでしょうか?
自宅療養をして、誰にも会わず、自分の身を嘆く姿が可哀相でなりません。頭がしっかりしているのが、つらすぎる病です。

お父様も母も一分一秒でも明るい気持ちで過ごせることを祈ります。
いつも愚痴ばかりですみません。
寒い毎日です。風邪などひかれませんように☆

投稿: ウラン | 2010年1月 6日 (水) 21時29分

>mioさん
たくましくなっていると嬉しいような残念なような。
ちょっとドジっ子の方が好きですからね。
かわいい好きの私としては。
私は泣けない人間だなあ。
悲しみを外に出さない泣かない人間にあこがれているんですけどね。

投稿: SAISEI | 2010年1月 6日 (水) 23時17分

>ウランさん
そうでしたか・・・。
まさかと言えばまさかです。
この病気を身近に知ると、ちょっとしたことでは驚きませんよね。
普通の人間にこんなことが起こるんだから、何があってもありえるよなと思います。
前世でどんな悪いことをしたのでしょう。

よく思い出すと、天使の卵さんだけでなく、色々な素敵な人と出会いました。
確定診断後、親身になって今後を一緒に考えてくれた難病治療センターの職員の方、自宅介護を極力避けられるようにあらゆる策を練ってくれた社会福祉士さん、父がALSになっても最後までうちの社員だといまだに在籍扱いでお給料までくれている社長さん、そして忘年会で父のために黙とうをささげてくれた社員の方々・・・。
この病気になったからこそ、出会えたり感じることができた素敵な人達の優しい気持ち。
ただ、感謝はすれども、出会えなくてもいいから、まだ歩いて、食べて、しゃべって・・・の生活をさせてあげたかったというのが正直な気持ちでもあります。
最後を迎える時にせめて安堵の気持ちで旅立ってくれることが、今の願いです。
これぐらいは神様もかなえて欲しい。妥協の上での妥協ですから。

ウランさんも体調・精神ともに崩さぬように。
まだまだ寒い日が続きますから。
まあ、今年は春は訪れないと思いますけどね。

投稿: SAISEI | 2010年1月 6日 (水) 23時42分

はじめまして。SAISEIさん。

私の父もALS(筋萎縮性側索硬化症)と検査入院の結果
父親と一緒に今日説明を受けました。

ストレートに呼吸器をつけるかどうかの意思確認まで
問われ、正直動揺は隠せず、ALSとは何か?を調べるうちに
SAISEIさんのブログにたどり着いた次第です。

父の現在の状態は、腕と手の力が入りぬくい事と若干ろれつが
回りぬくいということです。
年齢も72ということで、年相応のものかなと私は考えていたのですが、覚悟を決めなければならないみたいです。
父もだいぶ気落ちしてしまいました・・・。

闘病はこれからになりますが、がんばろうと思っています。
ブログは大変参考になりました。励みにしたいです。

またブログには立ち寄らせてもらいますので、そのときはみなさんよろしくお願いいたします。

投稿: shin | 2010年1月 7日 (木) 23時46分

>shinさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。

診断をくだされてしまいましたか・・・。
私達家族はもうだいぶ落ち着きましたが、2年前、shinさんと恐らくほぼ同じ状況を経験しました。
世間一般に恐れられる「がん」とかでも、通常、何とか治すように頑張っていきましょうみたいな感じになるはずですが、ALSの場合は、基本的に治らないので、とりあえず進行を出来るだけ止めましょう。あとは、死ぬ時、どれくらいの延命措置を取ります?というようなスタイルになるみたいです。
要はいつになるか分かりませんが、近い将来、残念な結果を迎えますという宣告ですね。
まあ、人間はいずれ死にますので、それが悪いけどちょっと早くなりますよと言われたと考えればよさそうですが、納得いかないのは、その最後の時までの間にどんどんあなたの動きを制限させていただきますという条件が付いていることです。
こんな無茶苦茶な話がありますかね。

多分、今はお父様、shinさんはじめご家族の方々は錯乱状態でしょうが、これからのことはいったん周囲の医療スタッフの方々に任せて、まずは気持ちを整理してください。難病ですので、色々なスタッフの方々がかなり頑張って動いてくれるはずです。

あと、治るとは思えませんが、進行を止めている症例は結構あるみたいです。初期で止まる、少なくとも緩やかであれば、まだまだ有意義な時間を過ごせるはずです。
私の父も、今、末期とはいえアルファリポ酸点滴をさせようと思っています。
また、状況はこのブログで報告しますので、よければ参考にしてください。

一番つらい時期でしょうが、まずは負けずに過ごしてください。なってしまった以上、これからまだまだつらいことが出てきますから。

今の症状で、少しでも進行が止まりますように。

投稿: SAISEI | 2010年1月 8日 (金) 07時44分

SAISEIさん。ありがとうございます。

>こんな無茶苦茶な話がありますかね。

確かに私も先生には、対処医療しか出来ないと
はっきり言われました。

足が動かなくなったら車椅子、食事が出来なくなったら
胃に穴を開けて、そして呼吸が出来なかったら呼吸器を付けて
という対処ということですね・・・。

本当に病気の進行が何とか止まってほしいと思っています。
アルファリポ酸等の話は大変励みになりました。
素人の考えですが、セレン、コエンザイムQ10、ビタミンC
赤ワインポリフェノール等の抗酸化物質などのサプリメントなどの摂取も
わらをもすがる思いで考えています。


>今の症状で、少しでも進行が止まりますように。

ありがとうございます。SAISEIさんのお父さんも少しでも
良くなるように私も願います。良くなりますように。

投稿: | 2010年1月 9日 (土) 23時24分

>shinさん
レスベラトロールという赤ワインエキス濃縮抽出物も検討してみてください。
科学誌Natureに掲載されて以来、臨床効果もだいぶ分かってきており、かなり強力な抗酸化作用があると言われています。私の働くクリニックでもがん治療・痴呆などに使用し始めており、効果が出始めています。たしか、サプリメントならニューレックスという会社が出しているはずです。
あと、基本的にサプリメントは慰め程度にしかならないと思っています。やはり点滴導入が優れています。効果も歴然とした違いがあります。ビタミンCとかもいくら食べても血中濃度はすぐ限界きます。でも、少なくともがんとかに効果が表れるのはもっともっと高い濃度なので、点滴しかないわけです。
入院、自宅療養にせよ、点滴は素人ができるわけではなく、看護士・医師の負担を招きますので、難しい問題もあるのですが、早い段階で可能ならば何かを選択して実行して欲しいです。
どちらにせよ、恐らく渡されるリルテックだけではダメだと考えています。プラスαの何か、多分抗酸化作用のある物質点滴を検討されることがいいのではないかと思います。
と言っても、私は医師ではないので、担当医や話が通じなければセカンド・サード・・・オピニオンへと相談してみてください。
うちはもう手遅れ状態なので、お節介ですが、一意見として検討していただればと。
精神的につらい時期でしょうから、せめて体調だけは崩さぬように。

投稿: SAISEI | 2010年1月10日 (日) 09時15分

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