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2010年1月 3日 (日)

<2010年を迎えて>ALS(筋萎縮性側索硬化症)

昨日は、2010年初の病院でした。2週間ぶりぐらいです。

相変わらず、寝たっきりの父の姿。そして同じ病棟の神経難病患者達のひどい姿。

とても、あけましておめでとうの言葉はでませんね。こんなこと言うのもなんですが、ここでは死んだ時におめでとうと言ってあげるべきかもしれません。

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ちょうど食事の時間になりました。若い頃が貧乏だったみたいで、食事を急いでがっついて食べてた父が、ポタポタ落ちる液をゆっくりゆっくり食べております(胃ろうからね)。おいしそうで涙が出てきますよ。400kcalですもの。1日3食で1200kcalですか。まあ健康的なカロリーですこと。これを毎日摂取していても、体重34kgなわけですから、筋肉というものがどれほどのウェイトを占めているかが良く分かります。

少し、父と話。といっても一方的に話すだけですが。

内容は年末に私が勤めるクリニックの院長と話して決めたこと。アルファリポ酸点滴をやってもらおうということです。(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/als-1079.html

状態が状態ですから、もういいですよと言っていたのですが、うちの院長はあきらめないんですね。がんの治療が専門ですから、最後の最後まであらゆる手段を尽くす精神を絶対崩しません。確かに痴呆からの運動障害の改善例は幾つかあるようですし、床ずれがなぜか改善されたりしていることを聞くと、やってみて損は無いかということで決断しました。

問題は今いる病院でやってくれるかということです。主治医はもちろんこちらにいらっしゃいますし、点滴となると看護士の負担もあります。なんせ、この病棟では自力で何かをできる患者はほとんどいないわけですから、看護士・ヘルパーと大忙しです。近日中にうちの院長と主治医で話し合ってもらうことになりました。ダメかも知れませんが、もしすることになれば、その結果はここで報告したいと思います。

それでもねえ・・・。この姿を院長は見ていませんからね。どう考えても、もう終わりだと思うんですけどね。本当に効果があったら、全国各地のALS協会で講演でもして回らないといけませんね。

話はそれだけ。後は、言語療法士と機械(レッツチャット)でのコミュニケーションを記録したノートを見ます。

12/25:「オハカノケン」「モトマチニアル」

12/29:「○○チャン、コトシモイロイロトテツダイアリガトウ。ライネンハイイトシニナレバイイネ。バーイ」

お墓の話は先日、母が家族葬をしてくれる葬儀社に行ってきたので、それを伝えたのでしょう。永代供養にするつもりなので、それを相談したあとに残した言葉みたいです。元町にお墓?どこにそんなもの隠しもっとったんや。今となっては詳しく聞き出すこともできません。まあ、ペットとかも一緒に入れる永代供養をどこかで探せばいいでしょう。

○○チャンは妹です。娘ですから溺愛していましたからね。昔、朝早い仕事を妹がしていた時、毎日4:00ぐらいに一緒に起きて、駅まで車で送っていました。妹は眠いし、寒いしで不機嫌そうな顔してありがとうの一言も言わずにふくれて車に乗っていたものです。父はお抱えの運転手のように当たり前にやっていましたね。

良かったですね。今はその時のご奉仕が全部返ってきてますよ。食事は出来なくなったけど、以前は食事介助。体拭き、トイレ介助・・・。毎日、病院に足を運んでは、介護をしてくれています。言葉を失くした父とまだ何とかコミュニケーション取れているのは妹だけですしね。なんで向こうの言ってることが分かるのか不思議です。

こんな状態になった父ですが、本当に良かったなと思うことはこれです。自分の大好きな娘に迷惑をかけて申し訳ないと思ってるでしょうが、最後、毎日毎日接点をもててそれはそれで幸せなんじゃないでしょうか。

さて、今日も介護は妹に任せて、私は永代供養先を探します。存命中に決めたいという母の意向がありますので、もう今日中に決めてしまおうかと思いまして。それと、元町の墓の謎を解き明かしましょう。もしかして、すげえ土地もってたりして・・・。

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コメント

SAISEIさんのブログを偶然に見つけて、コメントを残させてもらって…。年が変わりました。
うちも母は胃ろうから400カロリーを摂取して、動いてもいないのに、37キロです。話も出来ず、衣食住という人間に最低限必要な営みの中の食を失い、天井と壁を見て何を思うのか?と思います。
お父様、新しい治療法を試されるのですね。うまくいくといいですね。進行が治まり元気が出ることを祈っています。
私も今年は色々と正念場になりそうです。母にはあくまでも苦しまず、自然に安らかに人生を終えてほしいと思います。今の状況も耐え難いものですが。
球マヒで進行が早いのが不幸なのか幸いなのか分かりません…。
新年早々、愚痴ばかりですみません。
SAISEIさんにとっていい年になりますように☆本当に親の病気以外はいい事がないと帳尻があいませんからね!
今年もよろしくお願いします。

投稿: やっこ | 2010年1月 3日 (日) 17時19分

>やっこさん
おめでたくはないですけど、あけましておめでとうございます。
コメントありがとうございます。
名前、変えました?
ブログ上とはいえ、こうしてお知り合いになれたことは本当に嬉しいですね。いい年末・年始を迎えられましたよ。
残念なのは、悲しみしか共有できないことですね。
アルファリポ酸、もしうまくいったら、詳細を報告しますので検討してみてください。現実は難しそうですけど。
今年は正念場になるでしょう。でも、それが分かっていることを良しとするしかありませんね。
穏やかな気持ちにお互いなれて、最後を迎えること、これを最良とするつもりです。
天井と壁を見て過ごす生活、進行が早いことを不幸か幸いかと考えてしまうところが、この病気の恐ろしさを知っているんだなと感じます。ちょっとした言葉から、その苦しみが理解できます。
やっこさんもいい年でありますように。
つらさや苦しみは、本当に身をもって全部引き受けてくれる親がいることに感謝しています。
患者の家族の幸せは間違いなし。
ありがとうというか、なんか悪いねと伝えたいところです。

投稿: SAISEI | 2010年1月 3日 (日) 21時19分

そうでした(笑)私はウランだった(笑)
でも、やっこが本名に近いです。つい、間違えてしまいました…。新年早々ボケボケでした(笑)
SAISEIさんのページはウランと言うことで☆これからもよろしくお願いしますm(__)m失礼しましたm(__)m

投稿: ウラン | 2010年1月 3日 (日) 22時28分

SAISEIさんに一人理解者が出来たのが

あたしにとって何よりです。

ほんとによかった。

あたしは、このブログを見るたび

胸がきゅんと痛くなって、言葉を発する事すら

できなっかったので・・・。

投稿: mio | 2010年1月 3日 (日) 23時34分

>mioさん
自分以外の人がコメント残しているんで、びっくりしたでしょ。
年末にコメントくれたんだ。
すごく嬉しかったけど、悲しいブロ友です。
この2日間で、介護の母・妹とだいぶ話して、現況が分かりました。介護生活を全て負担させており、大変みたいです。
近日中に愚痴記事を書くのでよろしく。
ちなみに、元町には○○家代々の墓が本当にありました。そこは嫌ということだったみたいですが。

投稿: SAISEI | 2010年1月 4日 (月) 08時12分

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