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2009年12月 2日 (水)

ALS(筋萎縮性側索硬化症)

本日は会社をお休み。

父の入院している病院で、今後の治療方針の説明会に家族と一緒に参加するためです。

父の病気はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病。特定疾患に指定されており、医療費などはかなり優遇されます。どのくらいの方がこの病気を知っていますかね。

簡単に言うと、筋肉がどんどん衰えてしまう病気です。原因は運動神経がどんどん死んでしまい脳からの指令が伝わらなくなるためです。不思議なことに感覚神経は大丈夫なんです。そのため、知能や見る・聞くなどは何の問題もないという、よりこの病気の悪質さがあります。だって、頭は正常で体が動かなくなるんですよ。気が狂いそうになりますよね。

日本には7000人くらい患者がおり、平均余命は3~5年ぐらいみたいです。

さて、うちの場合はこんな経過をたどっています。

2007年 8月
富士山初登頂!定年後は山登りが趣味だったんですね。67歳、頑張りました。

2007年 冬
足がだいぶ弱ってきて山登りを控え始める。既に病魔が訪れていたみたいです。もちろんこのときは気づきません。膝が悪いと思って、ヒアルロン酸注射したりしています。

2008年 1月
大阪の商店街でこけます。ちょっとした段差が越えられなくなっています。年取ったなで笑って済ませています。

2008年 4月
車で夫婦で買い物。帰宅後の散歩中に転んで立ち上げらなくなり救急車で運ばれます。この日が運転した最後の日です。当時、愛知にいた私にも連絡が入ります。特に命に別条はなし。ただ、もうよちよちしか歩けない状況になっています。久しぶりに実家に帰り、父の弱々しく何とか歩いている姿にびっくり。

2008年 5月
何かおかしいことにようやく気付き始めます。膝が悪いとかでこんな風には普通なりませんから。専門病院へ。ALSの可能性を示唆されます。ALSは確定診断ができません。何せ原因が分かっていませんから。そのため、症状を見て、最終診断が下されるというわけです。ですから、この時点では可能性を示唆されただけです。名医だったんですね。ばっちり初期症状だけで当ててますよ。先生から、これはがんの宣告と等しいくらいの病気ですと言われる。68歳、最悪の誕生月になりました。

2008年 10月
検査入院。これまで自宅にいたが、悪くなる一方。でも、まだ立てるし、何とか食事もできる。当時はこの状況を悲劇だと言っていましたが、本当の悲劇はまだまだこれからです。

2009年 1月
再入院。検査入院後、ひと月で退院し、自宅にいましたが、ついに母が介護疲れで倒れます。ヘルパーや医師など色々な人が家を出入りするようになり、気疲れしたのでしょうね。自力で起き上がれませんが、車いすで移動は可能。食事も何とか自分で出来ます。今から考えると全然ましですね。                                                                     

2009年 6月
病院を出ていかないといけない日がきました。入院期間が決められているのです。これは介護が必要な病気の家族を必ず悩ます問題ですね。痴呆の老人などは病院ではない老健施設で受け入れてくれますが、この病気はねえ。もうこの時点では、起き上がりはもちろん、食事も全て介助が必要になっていますから。それでも自宅介護はまず無理。母と妹が頑張ってくれていますが、この二人が倒れてしまいます。どうしようかと悩んでいるときに受け入れてくれる病院が出てきました。神経難病専用棟がある施設です。実家の近くなので母・妹も介護に通いやすい。不幸中の幸い、地獄に仏ですね。でも空きが出来たということは・・・。こういう病棟で元気に退院はありませんからね。どなたか知らないけどありがとう。今、何とかやっていけているのはこの病院に入院できているからです。自宅介護ではもうめちゃくちゃになっていたでしょう。あなたの死は、私たち家族が最後の時間を比較的落ち着いて過ごさせていただくことに貢献しています。

2009年 夏
いよいよやってきました。言語障害です。通常、手足から衰えて、最後に口などに行き着くようです。つまり、筋肉劣化の最終段階です。コミュケーションが取れなくなります。だって声が出ないんですもの。口パクでって訳にもいきません。だって筋肉が劣化しているから口もあまり動かないんです。この時点で、食事はベトベトのペースト状です。完全介助です。車いすにも短時間なら座れます。食事介助を受けている父を見て思います。これ以上の悲劇は無いと。でも甘く見たらダメです。この病気を。悲劇はまだまだ続きます。そりゃそうですよね。進行性の病気なんですから。つまりは進行が止まる時は・・・。

2009年 現在
ついに食事が出来なくなりました。口から食事をとるのは無理になっています。嚥下能力の低下ですね。点滴・胃ろうからの栄養摂取です。口はもはや食事をとるために機能はしていません。話すための機能もしていません。唯一、呼吸ですね。鼻からだけで呼吸が済ませれるなら、もう口は父にとって不必要なものとなりました。コミュニケーションはもうほとんど無理です。50音表を一つ一つ示しながら、何とか理解しようとしますが、10分かけて、単語一つくらいですよ。これはコミュニケーションとはもはや言えませんね。でも聞くことだけは出来るみたいですね。調べたALSの情報は確かでした。感覚神経はやられません。だから目は見え、耳は聞こえます。でもどうなんですかね。父にとってはもはや見たくないし、聞きたくもない現実なんではないでしょうか。

本日の話し合い。これからもっともっとひどくなるのは確かみたいです。

はっきりとは言いませんでしたが、6か月ですね。年賀状はいるけど、暑中見舞いはいらないといった感じでしょう。おかしな現象が起こってからちょうど3年くらい。これも調べたALSの情報が確かですね。

上記に2010年 夏 ついに・・・。ありがとう父。よく頑張ったね。みたいなことを書き足せばいいわけです。

でも、これより前に、どこかの時点でもう父は死んでいませんかね。 そんな気がしてなりません。

安易な考えは許されないとはいえ、もう死んでいるに等しい時点より後は、安楽死などの選択肢があってもいいように思っています。

でも残念ですね。他の記事に書きましたが、私は再生医療関連の仕事しているんですよ。神経が再生できれば・・・。研究はされているみたいですけどね。臨床現場で使われないんだったら意味がありません。

最後に、この病気になった有名人を記しておきます。

米大リーグ野球選手:ルーゲーリック、偉大なる天才科学者:ホーキング博士、中華人民共和国建国の父:毛沢東などなど。なかなか立派な人たちが。どんな思いで、最後迎えたんでしょうね。元気だった頃に活躍していたことを何度も何度も思い返しながら、意識だけがあって動かない体が死を許されるのを待っていたのでしょうか。

最後まであきらめないでなんて絶対言えない病気です。必ず進行していきます。明日には歩けなくなるかもしれません。話せなくなるかもしれません。食べられなくなるかもしれません。出来ていたことが出来なくなるんです。信じたくないですが、これを頭の片隅に入れて付き合っていかなくてはしょうがないという病気です。

こんな病気も治る日が来るんですかね。

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ALS(筋萎縮性側索硬化症)」カテゴリの記事

コメント

非情ですね・・・。

文章を読んでるだけで心が痛くなります。

いかに『悪魔の病気』だとゆうことも。


なんとお声をかけていいか解らないのですが、あたしとお話してる一時ぐらいは忘れて楽しく過ごしてもらえるように努力しますねっshineshine

投稿: mio | 2009年12月 2日 (水) 23時16分

>mioさん
コメントありがとうございます。
私自身はどこか客観的に見ているんですけどね。
日本で7000人。平均余命が5年として、この患者数を保つには1日1人ぐらいはALSと診断されているかもしれません。
うちの家族もそうでしたが、病気の特徴よりも、どうなっていくのかが知りたくなります。実例を挙げてあげられればと思って書いたんですが・・・。
誰かの参考になれば幸いですね。

いつも楽しいですよ。これ以上、楽しくしてくれるんだ。
期待してますよ~。

投稿: SAISEI | 2009年12月 3日 (木) 18時13分

私の母も同じ病気です。お父様と年齢も同じくらいです。
先週胃ろうをつくり昨日退院してきました。入院していた間に、悪化し1人で歩けていたのに、支えが無いと歩けなくなりました。
うちは球マヒから始まりました。変だなと思い始めて2年弱ですが、進行が早すぎます。
まさに生き地獄というような病気です。

投稿: ウラン | 2009年12月27日 (日) 19時34分

>ウランさん
コメントありがとうございます。
コメントもらえて嬉しいですが、悲しく悔しい気持ちです。
ましてや球麻痺型とは。進行の速さを知っているだけに、これまで以上に経験するであろうウランさんはじめご家族の方々の悲しみを思うと・・・。
おっしゃるとおりですね。
先日、父の高校時代の友人が顔を見たいと言ってこられましたが、断りました。地獄を見る勇気があなたにありますかと問いました。
四国八十八か所は時間的に無理なので、小豆島八十八か所を巡礼して、せめて進行を止めてと願かけしましたが、この状態です。神様がいるなら、もうクレームでどなりちらしていますけどね。
今週、胃ろうということはまだ何とか体力もあり、口からも食べられますよね。色々食べさせてあげてくださいね。
うちも好きな物をつぶして食べさせました。
マグロが好きだったんで、普通の赤身から中トロ、大トロとどんどん柔らかくなっていき、「おまえはどこの美食家やねん」と冗談を言っていた頃が今となっては懐かしいです。
元気を出してなんてこと言えませんが、もう覚悟決めて、最後の時間を過ごしましょうよ。
いい時間を過ごすことだけが、この病気に対して出来ることだと思います。
お言葉いただけたこと、本当に嬉しいです。
ありがとうございました。

投稿: SAISEI | 2009年12月27日 (日) 21時04分

はじめまして。
検索してたどり着きました。
現在母が同じ状況です。。。
母の場合は進行性球麻痺なので、体は痩せましたが立って歩いて多少の家事も出来ます。
でも言葉と食事が。。。

ブログに書いておられる人は少ないので
大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿: nami | 2010年1月21日 (木) 17時01分

>namiさん
コメントありがとうございます。
少しでも初期症状の方の参考になればとあったことを愚痴りながら書いているだけのブログですが、読んでいただけて嬉しいです。
言葉と食事を失うと深刻度が増しますね。うちは四肢麻痺からだったので、つい最近です。歩けなかっただけの頃が懐かしいです。
これから四肢麻痺にも進行すると、ご自分のしたい行動ができなくなるので、さらにつらい思いをされることと思います。今でも十分におつらいと思いますので、これ以上のつらさを味わわれることになるこの病気の恐ろしさには言葉がありません。
お薬はやはりリルテックでしょうか。
うちは今になってアルファリポ酸を試そうと思っていますが、時すでに遅しです。
少しでも初期のうちに薬を併用していると、進行はやはり少しだけでも遅くなるようです。自由診療になりますが、他の薬もぜひご検討ください。仕方がない病気だとは認識していますが、もっと初期に違う薬を試さなかったのが、私の唯一の心残りです。ご参考までに、ラジカット・メチコバール・カルニチン・ナルトレキソン・グルタチオン・・・。
進行が遅くなることを祈っております。
ご自分の身体・精神的負担にも十分ご留意を。

投稿: SAISEI | 2010年1月22日 (金) 11時37分

自分の親なのに、他人事なんですか?なんか読んでてショック

投稿: みずもん | 2010年3月30日 (火) 17時01分

>みずもんさん
コメントありがとうございます。
他人事かあ。こいつ、自分の親に対して、何という考えでいてるんだ!という感じですか。それはそれで私もショックですよ。
でも、ちょっと違うとは思っていますが、かなり引いた感じの見方をしているのは事実ですね。
少なくとも、今、悲しみはあまりないです。ないことはないけど、複雑です・・・。
何か重大な病気なのではと疑う中で、はっきり難病宣告されて、どうなるんだとパニックになって以来、日に日におかしくなっていく病気を目の当たりにして、疲れました。
この記事は、唯一の楽しみの口からの食事も出来なくなり、教科書通りに進行していく姿を見て、もう終わりなんだろうなと思いながら書きました。
何でだとショックを受けられるかもしれませんが、現実の介護、病状の進行、入院費用などを考えると他人事ぐらいに考えるべきだと思っています。少なくとも、今の家族の中での私のスタンスはそうした方が間違いなくいいと思います。母や妹はやはり、ひどく感傷的になってしまっているので、家族としての冷静な判断に支障が出ます。
私もこんなことが平気なぐらい冷たくも強くもないので、最後の時を迎えてからしばらくして落ち着いたら、じっくり悲しもうと思っています。
あとは、父だからかもしれませんね。みずもんさんは性別も年齢も分かりませんので何とも言えませんが、息子と父は元々距離をおける関係だと思いませんか。これが母だったら、私もこんなこと冷静には書けないだろうなと思います。
せっかく読んでもらったのに、気分悪くなってしまわれたみたいで、申し訳ないです。でも、やっぱり自分の父だからつらいですよ。何でこんなことにならないといけないのか、誰彼かまわず、文句言いたいですもの。

投稿: SAISEI | 2010年3月30日 (火) 17時53分

すいません!!実は、私の母親もALSです。だから読んでいて、色々思ってしまいました。逆にいやな思いをさせてしまいましたね。
ちなみにあたしは、女です。20代です!!

投稿: みずもん | 2010年3月31日 (水) 00時01分

>みずもんさん
また戻ってコメント見ていただいたみたいで、ありがとうございます。
やっぱりご家族の方がALSなんですね・・・。この記事を読んでいただく方はそうなんだろうなと思いながらも、いざそうだと知ると何かつらい思いです。
どのような進行段階かは分かりませんが、もし初期段階ならばよく使われるリルテックのような薬剤以外の物もご検討ください。もちろん、きちんと医師に相談されるのがベストですが、他の記事でも若干紹介していますのでよかったらご参考に。
この記事でいうと2009年の春ぐらいの段階で、もっと色々していれば、今よりは進行が遅かったのではないかと思っており、それがすごく心残りになっています。この頃は母や妹はちょっと精神的に病んでましたし、私もまだ混乱していましたから。溺愛する娘に食事介護をしてもらうのを唯一楽しみにしていたので、その時間をもう少し長くしてあげたかったです。
ご自分の生活とともにお母様の介護など、色々とすることが増えて大変だと思います。まだお若いので少々の負担は身体的には大丈夫でしょうが、精神面も含めてくれぐれもご自愛ください。

投稿: SAISEI | 2010年3月31日 (水) 11時14分

お疲れ様です!
症状が出てきてから、たぶんもうすぐ、五年になると思います!!
症状が出てきて頃一緒にくらしてないからよくわからなくて。
足から発症して、今、一番力が弱いのは左手、次に左手足だとたかなと思います!!右足にはかなり力があると、リハビリの先生に言われています!
言語の方は、少し出ていますが、まだ普通食でむせなしです。
だから、リルティクが効いてるのかと思います! はい、ありがとうございます!!
実は、あたしわけあって母と2人暮らししています。
悩むこと沢山あるけど、辛いとか悲しいは無いので、前向きに、頑張りすぎずに頑張ります(^-^)/
お互い、色々乗り越えないといけないですが、ALSに負けずに、闘いましょうね(^-^)b
また、覗いてもいいですか?

投稿: みずもん | 2010年3月31日 (水) 16時14分

>みずもんさん
コメントが元気ですね(o^-^o)
最近行き詰っているので、とても元気づけられます。ありがとうございます。
また、最後のあがきとして、検討している新しい治療をやってもらえたらと思っていますので、そのことを記事にしたいと思っています。
また、良かったら寄ってください。

症状がうちの父の初期とそっくりです。うちは1年ぐらいですっかり進行してしまいましたが・・・。右手で何とか食べていた頃が懐かしいです。
5年もリルテックである程度症状が抑えられている事実は、このブログを読んだ方も勇気づけられるのではないでしょうか。

どうか、このまま症状が留まり、進行が少しでも遅くなることを切に願います。

投稿: SAISEI | 2010年3月31日 (水) 21時23分

こんばんは。
お疲れ様です。
後から読み、もの凄く、誤字が多くてすいませんでした(_´Д`)ノ~~
あたし、基本ネガティブなんですよ(笑)
でも、ネガティブはネガティブを呼びますし、あと周りすかね?障害は、違うけど、障害をもった知り合いなど沢山いてるんで(^-^)/元気もらいます(^-^ゞみんなパワフルです!
そうですか、お父様の初期に似ているんですね。。本当ひとそれぞれですね。
うちは、それに夏は痩せていましたが、現在ふっくらしています(笑)
食欲旺盛です(^-^)b

投稿: みずもん | 2010年3月31日 (水) 21時40分

>みずもんさん
周りから元気もらうのはいいですね。
私もそうしています。
頑張っている人の近くにいるだけで、自分も頑張る気が出てくるような気がします。
食欲旺盛なのは本当にいいことです。
食べれなくなった時点からの、衰退は早いような気がします。おいしいものいっぱい食べさせてあげましょう(゚ー゚)

投稿: SAISEI | 2010年4月 1日 (木) 17時00分

ひとつ、質問していいですか?パワーヘルスってご存知ですか?
効果を信じますか?あたしは、怪しいと思うのに姉からしつこく進められて困ってます。

投稿: みずもん。 | 2010年4月 1日 (木) 19時44分

>みずもんさん
パワーヘルスは知りませんでした。
ネットで調べて見たら、多分一番最初に販売したヘルストロンの類似商品みたいですね。
医療用具として承認されたものなので、リスクはある程度大丈夫だとしても、有効性に関しては何とも言えないですね。
全否定する気はないですが、ざっと見た限りでは、○○に効いた!とかいうことは載っていますが、十分な確証データが無いので、やっぱり少し不安ですかね。
こちら側は、害さえなければ、やれることはやりたいという気持ちも強いので難しいところですが・・・。

投稿: SAISEI | 2010年4月 2日 (金) 08時32分

あたしは、そんなんで、ALSが治るなら医者はいらないと思ってしまいます。姉は、1%でも望みをかけたいみたいですが、あたしには、理解できません。
色々言われて、しんどくて、離れたのにメールでストレスを与えられて災難です。

投稿: みずもん。 | 2010年4月 2日 (金) 14時55分

>みずもんさん
まあ、その通りでしょう。
少なくともALSがそれで治るなら苦労しませんよね。
ネットや本でALSを調べると、本当にこんなことになるの?というぐらい不安にさせられるので、少しでもとお姉さまも思ってしまうのでしょう。
自分も不安に思っている中で、色々言われるとイラ立ちもあるのでしょうが、あくまで良かれと思ってのことと考えて、気持ちを大きく持ちましょう。

投稿: SAISEI | 2010年4月 2日 (金) 23時13分

こんばんは。
ALSについて検索していてここにたどり着きました。
私は中3の女子です。祖母がALSの患者です。
ブログを見させてもらって、すごくたくさんの気持ちや考えが頭の中をかけめぐっています。とにかく本当に、辛くて悲しくて残酷すぎる病気ですよね。絶対に言葉じゃ表せない、おかしすぎる病気ですよね。
私の祖母がALSというのが分かったのは3ヶ月前の話なんです。初期症状があったのは2年半前。2年半前からおかしいと思っていて、いろいろな病院にかかっていたのですが…。どの病院に行っても「異常ないです」としか言われなくて。酷いところでは「精神科に行ったらどうですか?」などと言われ、病名が分かった今でも辛いですが、病気が分かるまでも本当に辛かったです。
祖母は、呼吸筋を1番初めにやられ今は呼吸器をつけて病院のベットに寝たきりです。呼吸筋がないと、息が出来ないと言う事なので、息が出来ない=死ぬ。これは本当に不幸中の不幸でした。
ALSということを診つけて下さった病院に3ヶ月前に行っていなかったら、祖母はもう死んでいたという話しを2日前に聞いたんです。「この病院に来るのが2日後だったら眠るように死んでたよ」という話しを聞き、命って不思議なものだなと、最近ぼけーと考えています。
この病院に診察に来たとき(3ヶ月前)の祖母の酸素濃度は84%だったそうです。この数字は死ぬ直前の人よりも低い数字らしく、生きていることが奇跡だったそうです。婆ちゃんすごすぎるよ…。
今はもう歩けないし、車椅子にも乗れない。喋る事もできないし、今まで出来ていたことのほとんどが自分でできなくなっています。でも、私たちは在宅介護を目指して今頑張っています。「最後は家の布団で死にたいな」と言っていた祖母の夢を叶えるためなら、私たち家族はどんなに辛いことでも、何でもしていくつもりです。治療法がなくても今を精一杯生きていられるのなら、それでいいんですよね。そう思わなくては、もうきつすぎて耐えられません。
ここのサイト(ブログ)に辿り着いて本当によかったです。私たち家族のような思いをしている人たちは他にもいることを改めて知りました。自分だけ、というような考えではなくて、みんなで自分たちの気持ち、辛さを伝えて、いろんなことを教え合いながら支え合っていく。これで誰かが命について考えてくださる。誰かが勇気や元気をもらえる。これって、もの凄く幸せなことですよね。
こんな中学生のガキンチョが長々と、本当にすいませんでした。とても元気をもらえたので、よければまた拝見させてもらいたいです。
本当にありがとうございました。

投稿: 智子 | 2010年8月27日 (金) 03時24分

>智子さん
コメントありがとうございます。
中学3年生とは思えないご丁寧な心のこもった文章。
立派なお孫さんの成長を楽しみにしていただろうお婆様の現状を思うと心が痛みます。

比較的、名の通った難病とはいえ、医師の知識不足や我々一般人の情報不足で確定診断をくだされるまでに時間がかかることは周知の事実のようです。
うちですら時間がかかったと思っていましたが、2年半とは。その間の皆さまの辛さは想像するに余りあります。
そして、確定してその辛さがさらに大きくなることも。

一番最初に呼吸筋をやられるのは、少し珍しいパターンかもしれないですね。ギリギリ間に合ったのは幸いでした。
84%は、恐らく脳細胞もやられて意識不明状態になるぐらいのレベルではないでしょうか。人間の体は時折、数字では説明できない威力を発揮しますね。

在宅介護を目指すとのこと。
うちは早い段階で断念しましたが、きっと患者は一番求めていることでしょう。
ALSは御存じの通り、運動神経だけが壊れる病気です。感覚神経は一切関係ないので、動けなく喋れなくなっても、意識だけはしっかりしているはずです。
きっとお婆様も、御家族の大変なご決断を喜んでいると思います。
別の記事で書きましたが、進行性の難病なので、現状が一番良い状態です。目に見えなくても、明日には少し悪くなります。嫌な書き方をしますが、それを繰り返して、いつか最悪の結末を迎えるということです。
だから、書かれているように今を精一杯という考えでやるしかありません。そうしてあげて欲しいと思います。

残念ながら私の父は8/24に亡くなりました。
昨年12月に書いたこの記事のとおりになったというところでしょうか。
このひどい病気に対するぶつけようのない恨みは大きいものの、同じような病気に苦しむ方々と少しでも接点が得られたことは私にとって貴重な経験です。

コミュニケーションがしっかり取れない中での介護は大変だと思います。
どうかお体には気を付けて、お過ごしください。
若いので肉体的な負担はまあ大丈夫でしょうが、精神的な負担はもう子供では無いので十分大きいはずです。
お婆様もそれは心配されていることだと思います。
うまく息抜きしながら、お婆様との大切な時間を少しでも楽しく過ごせることを切に祈っております。

投稿: SAISEI | 2010年8月28日 (土) 11時17分

昨夜、主人の叔父の通夜に出かけました。
そこで聞いた病名が、ALSでした。

叔父は、自分が衰えていくのを見せたくなくて、
見舞いに来られることを、拒んでいました。
ですから、病院に行っても、病室には行かず
ドアの外から、お見舞いをしていました。

この病気になって、1度自殺を図ったらしいです。
衰えていく自分、介護する家族。
その辛さ・・・・・
涙が出るほど、辛かったのでしょうね。

こうやって、コメントさせていただいている私ですが、
涙が出て、画面が見えなくなりました。

どうか、早くこの病気の治療薬ができますように・・
願わずにはいられません。

投稿: 由似 | 2011年2月 5日 (土) 06時43分

>由似さん

おつらい時期なのにコメントを残していただき、ありがとうございます。

ALSで亡くなられた叔父様。謹んでお悔やみ申し上げます。
由似さんはじめご親族の方もおつらいでしょうが、叔父様もどれだけつらかったことか・・・

私の父も同じようでした。
家族以外の見舞いを全て断っており、わざわざ知らせることもしませんでした。
友人や親類の中にはその態度を否定的にとったりして、私達家族が非常識だと言われたこともあります。父が死んだ後も、いまだに言ってくる人がおります。
末期の症状を直視できるのは今でも家族以外に無いと思っています。

自殺も。症状が進むにつれて、あの時、まだ手が動く間にしておけば・・・なんてことを考えてしまう病気です。

もう全てが終わった今でも恐ろしい病気だったなと思い出します。
私もこの病気が治療できる日が来ることを願ってやみません。
何でうちの父が・・・、他の人だったらよかったのに・・・、なんてことも正直思いますが、だからと言って、この病気に苦しむ方が少しでもいなくなることは切に願います。

由似さんも、今はお疲れでしょうが、また普通の日々を徐々に取り戻されること祈っております。

ありがとうございました。

投稿: SAISEI | 2011年2月 5日 (土) 10時09分

僕の亡き父親もALSでした。

ですから、読んでいて人事だとは感じられませんし、
当時の状況を良く思い出すことが出来ました。

当時、父親は39歳。
僕は小学校4年生でした。
(現在は成人しています)

大好きな父親だっただけに当時はショックでしたが、
今、こうして冷静に病気のことを調べています。

早く、この病気を治療できる方法が
見つかることを願っています。

投稿: SHIN | 2011年9月 1日 (木) 14時46分

>SHINさん

コメントありがとうございます。

拝読して、父の最後の病院での入院初期の頃を思い出しました。
隣の病室に人工呼吸器を付けられたALSの方が。介護されていた奥様から想像するに、恐らくSHINさんのお父様と同じくらいのお歳だったように思います。
動くこともも話すこともできないその方の周りで小さなお子様が遊んでいる姿。
ここは地獄だと、どこにもぶつけられない怒りを感じたことを覚えています。

私の父はその後、亡くなり、ちょうど今1年経ったところです。
その方がどうされているかは、分かりませんが、きっと悲しい結末を迎えていることは避けられないと思っています。
残されたご家族の方々は、この病気に対する多大なトラウマを持って今も生きていらっしゃることでしょう。
SHINさんもきっと同じなのではないでしょうか。
そのことがつらくてたまりません。

私が40歳なので、1つ違いですね。
こんな病気、何をしたからとか、何をしなかったからといってなるものではないですよね。
いつ自分がなってもおかしくはない。
原因が分からないんだから。
私はその不幸な確率を父が全て受け入れてくれたと思っています。
だから、残された者は幸せに生きる権利を得ていると思って、日々楽しく過ごしています。

ただ、時折、当時を思い出すたびに、もうこんな目に合う方は無くなって欲しいと切に願います。
誰に願えばいいのか分かりませんが・・・

立派に成人され、今、冷静にお父様の病気を調べるお姿。
お約束の言葉っぽくて、書くのがためらわれますが、きっと、亡くなられたお父様も喜ばれていると思います。
本当にそう思います。

投稿: SAISEI | 2011年9月 1日 (木) 15時30分

その専門施設があるという、病因は、何県の、どの辺りでしょうか。ALSん、患っております。
どうか、教えて下さい。宜しくお願いします。

投稿: なっち | 2011年9月23日 (金) 18時24分

>なっちさん

コメントありがとうございました。

専門病院というかALSを理解している医師がいる病院です。
うちの場合は最初に兵庫県尼崎市の関西労災病院の整形外科(当時は膝が単に悪いと思っていたので)に行きましたが、全く相手にされず、よく分からないと言われただけ。
その後、自分で調べて、同じく兵庫県尼崎市の県立尼崎病院の神経内科に行きました。
そこで、診察を受けるなりALSの可能性を示唆されました。
結果的には正しく、その病院に設置されている地域医療センターの難病担当の方々のアドバイスを受け、紹介された大阪府豊中市の刀根山病院に入院しています。
刀根山病院は神経疾患専門の病棟があり、ALSに関する知識も豊富な医師がおり、かつ、今後のケアに関することのアドバイザーもきちんといらっしゃって、色々と対応していただいた次第です。
臨床治験施設でもあるようで、父の場合は病状が進み過ぎていて採用されませんでしたが、新薬の治験を受けられる可能性もありました。
ただ、現実的には適切な治療が存在するわけでもなく、最悪な結果を迎えましたが・・・

まずはALSであるのかをしっかり診断できる医師と出会うことが大切かと思います。
不幸にして、そうであった場合、後はそこから様々なネットワークを通じて事が進んでいきます。
ご存知かもしれませんが、日本ALS協会(03-3234-9155)に連絡されるのが一番かもしれません。
各支部には実際に患者の家族の方がいらっしゃり、最適な病院をアドバイスいただけるはずです。

この病気を実際に体験していますので、頑張って治そうなんて安易なことはとても言えません。
でも、こんな進行性の病気だからこそ、早めの対策で少しでも治癒の可能性を高めることは重要かと思います。

適切なアドバイスはできませんが、経験したことならいくらでもお話できます。
少しでも参考になるなら幸いです。

直接、メールさせていただこうと思いましたが、いただいたアドレスではうまく送信できませんでした。
また、機会あれば、ご連絡ください。
メールでややこしければ、電話番号を教えますので。

投稿: SAISEI | 2011年9月23日 (金) 23時48分

大学の先輩が今年の7月位より具合が悪く、ALSのを宣告を受け、年明けに入院するそうです。
色白の美男子でお洒落で健康的生活習慣の先輩でした。
公務員を定年退職されて、悠々自適でこれから奥様と旅行等楽しめるはずでした・・・。
年明けに後輩達で集まり寄せ書きとお見舞いの品を贈る事になっています。
「先輩との思い出の一つ一つを思い出します。お大事に。」位しか書く事が思い付きません。

投稿: サザン松濤館 | 2011年12月22日 (木) 15時49分

>サザン松濤館さん

コメントありがとうございます。
と、本当はこんな記事にコメントする方などいない方がどれだけ嬉しいか・・・

ご自分でもALSのことをお調べになっているでしょうし、何より自分の変化にもう気付かれているはず。
確かにもう、かける言葉はありませんね。

これからという時にあまりにもひどい話だと思います。
父が亡くなってもう1年以上経つ今でも、その気持ち以外ありません。
うちの親父が何をしたって言うんだよって。

ご本人様もおつらいでしょうが、奥様、ご家族の方々のつらさも相当なもの。
こんなこと断言して書くのも何ですが、不治ですから、介護されていてもどんどんつらくなられるはず。
少しでも支えになってあげられれば幸いかと思います。

私が経験したことなら、何でもお話しすることができますので、また何かありましたら、こちらにでもコメントください。

願わくば、誤診であったことを祈るばかりです・・・

投稿: SAISEI | 2011年12月23日 (金) 12時21分

67歳の主人が今年の四月にALSと診断されました。
現在は右足の麻痺だけですが、四肢が弱ってきている感じです。今後のことを考えると、暗澹とします。
今はまだ自力で歩けるし食べられるのだと、夫を励ましますが、これからどんどん弱っていくと思うと可哀想でなりません。皆さんはどうやってこの病気と付き合われたのか、聞かせていただきたい気持ちでいっぱいです。

投稿: CHOCOBO | 2012年10月23日 (火) 00時40分

>CHOCOBOさん

コメントありがとうございます。

ALS宣告から半年ぐらい経過ですね。
あのつらかった時期が甦ってきます・・・
あくまで、私の個人的な見解ですが、この病気、治ることはないんだろうなと思っています。
唯一の願いは誤診であることです。

今、自力で歩ける、食べれるということなら、この状態を少しでも長く維持できることを願うばかりです。
うちの場合は、進行が速く、あっという間に歩けなくなってしまいました。家に手すりつけたり、風呂を改造したりとしましたが、それも間に合わず、結局、使うことはありませんでした。

進行が遅くても、現実問題、いずれ四肢が麻痺して動けなくなり、球面麻痺で言語障害に陥る日は来ます。
この病気と付き合うのは、この進行するステージごとにどうしていくかを決めておくことだと思います。
例えば、胃瘻や人工呼吸器は導入するのか。
四肢麻痺で寝たきりになった時の病院の確保。
言語障害の時に、意思疎通する方法。
介護や、医療費にかかわる申請・・・

多分、これからたくさん進行する症状で悩まれることだと思います。
落ち込まれるご主人様を励ましながら、なおかつ上記のようなことを色々と考えると恐らくパンクしてしまうと思います。
だから、少しでも早く、こちらの問題は片づけておいて、後は、共にご主人様との時間を大切に過ごせるようにした方がいいように思います。

ご存知だと思いますが、ALS協会という団体があり、各地域に担当の方がいらっしゃいます。
実際に、ご自身のご家族の方がALSを経験された方が多いので、具体的にどういうことをすればいいのかをアドバイスいただけると思います。
うちも、来る言語障害に備えて、伝達機器を導入しようとした時に役所と揉めて、色々と相談しました。

何か困ったことがあれば、またコメントいただければ、経験したレベルでしかお話することはできませんが、少しでもお役に立てればと思います。
まずは、CHOCOBOさん自身が倒れてしまわぬようにしてください。

投稿: SAISEI | 2012年10月23日 (火) 11時02分

いきなりのコメント、失礼いたします。
あまりに私情で大変恐れ多いのですが
もしよければご一読いただけると、幸いです!
私は現在大学生で、30歳の彼氏ができました。
そして、彼のお父さんがALSを患っており
現在、末期であると聞きました。
こちらのコメントを全て拝見させていただき
お父様の状態を客観視されていた主さんと
彼氏の今の状態がかぶっていて…
無知で無力な自分では彼になんと言葉を
かけるべきか、かけざるべきかもわからず
宜しければ主さんの助言をいただきたく思い
コメントさせていただきました。
実際のつらい経験等ないのに、このような
浅はかなことを言って申し訳ありません!

投稿: りほ | 2013年3月 6日 (水) 15時10分

>りほさん

コメントありがとうございます。

彼氏さんは、このブログ見てくれてないかなあ。
りほさんが、あなたのことを想い、こんなこと聞いてきてますよって伝えたいですね(゚ー゚)
きっと、それだけで、何か安心感を得て、心が穏やかになるんじゃないでしょうか。

病気は何でもそうでしょうが、ALSは非常に不条理な病気で、何でこんなことにならないといけないんだと、怒りが沸いてきます。癌の余命宣告も同じなんでしょうが、ALSは本当にもう何もしてあげられず、日に日に動けなく、しゃべれなくなっていきますから。
もう末期ということなら、恐らく彼氏さんもそのお父様も覚悟はしていると思います。
互いに感情をあらわにせず、客観視しているような雰囲気は、どこかおかしく感じるかもしれませんね。
でも、それが男のプライドみたいなものに依存しているのかもしれませんが、父と息子の関係ってそんなところはあるものだと思っています。

りほさんがどうしてあげればいいなんてことは、私には何のアドバイスも出来ません。
ただ、今回こうして、そんな彼氏さんのこと、そのお父様のことを想っているという事実があるだけで十分じゃないでしょうか。いや、十分過ぎると思います。
それは言葉にせずとも、きっと彼氏さんに伝わるはずで、その想いはお父様のこと、介護するご家族のこと、自分自身のことで不安を抱える日常に、温もりを与えると思うのです。

自分の感覚だけで書かせてもらうなら、お父様がALSだから、精神的につらいだろうから、介護があるだろうから・・・なんてことを理由にりほさんの方から、勝手にお二人の付き合いを制限してしまうようなことを言われるのは逆につらいかなと思います。
つらいだろうから、遊園地とかには行かない、旅行とかには行かない、おいしいものを食べて贅沢しない・・・とか。極端に言えば、結婚は控えるとか。
お父様がALSであるがために、せっかく付き合い始めた二人の行動を制限してしまうのは、彼氏さんもお父様も本意じゃないような気がするのです。
そういう出来ないことは彼氏さんの方から、お願いしてくると思いますので、それに対して分かったって言ってくれると嬉しいというか、安心すると思います。
自分の経験から言っていますがね。
ALSだから、何かが出来なくなるというのは、不幸にもそんな病気になってしまった本人だけで十分で、その周囲の人まで何かが出来なくなるのは、この不条理な病気にさんざん掻き回されている感じがしてとても悔しいのです。
だから、私は、自分の父親には、俺の日常生活は何も変えない。それがこの病気への復讐みたいなものだからと言っていました。父親はもう何もしゃべれませんでしたが、そうしてくれた方が自分もいいみたいな顔をしていたように思っています。
これは極端かもしれませんが、彼氏さんとお父様もそんなところが、男同士だからあるんじゃないかな。

末期の場合は、推測するに、誤嚥性肺炎とか、ALSの筋肉麻痺が引き起こす二次的なことで最期を迎えることが多いようです。
言うならば、いつその日が来るかは分からないという状態で、もう楽にしてあげたいと思ったり、どんな状態でもいいからまだ一緒の時を過ごしたいとか、好きなだけ揺れ動くことでしょう。
そんな揺れの中に一緒にいてくれる人がいるだけで、きっと救いです。
言葉をかける、かけないとか以前に、一緒にいてあげるという恋愛の原点を互いに大切にして、不幸な出来事に負けず、幸せな時間を過ごして欲しいと願います。

そういえば、自分にも当時、その時はまだ彼女じゃなかったけど、そんな人がいたことを思い出しました。
その後、付き合って、色々あって、散々な別れ方をしたので、恨み、憎しみが先行してしまっていますが、よく考えれば、大切な人でもあったのだと。
大事なことを思い出させてくれました。
ありがとうございます。

現実問題、色々なことがあり、つらいこともたくさん出てくるでしょうが、彼氏さんを支え、同時に彼氏さんからも支えられるという喜びを互いに味わえるような素敵な恋愛をして、この病気を乗り切ってください。

投稿: SAISEI | 2013年3月 7日 (木) 13時16分

早々と、かつご丁寧に親身に返信をくださり
本当に本当にありがとうございます。

男同士の親子関係は、私の想像では追いつかず
新たな視点に気がつくことができ、大変安心しました。
彼はトラックの運転手をしておりまして、お父さんにも
お母さんにもなかなか会うことができないのに
私と会う時間などあってよいのかと思っていました。
でもそんなネガティブな考えでなく、今後、いかに
時間を大切にして、幸せに過ごすことができるか
未来を築き上げてゆけるか。とポジティブにシフト
していこうと思います!ひとりよがりは、やめます!
勝手な宣言大会をしてすみません。

自らのご体験をもとに本当に優しく、ご返信を
いただき、嬉しくて、悲しくて、ただ感謝です…
主さんの記憶をほじくりかえすようなことをして
本当に失礼なコメント、申し訳ありませんでした。
いつか彼も私も主さんのような、立派な観点を持ち
自分たちだけでなく、周りの人も支えられる人間に
成長できたらと思います。ありがとうございました!

投稿: りほ | 2013年3月 7日 (木) 16時01分

>りほさん

わざわざご返信ありがとうございます。

私の言っていることが彼氏さんと合っているのかどうかは分かりませんが・・・
でも、お二人の時間を大切にすることで、きっと彼氏さんも病気のお父様や恐らくは不安になっているお母様と過ごす時間に余裕ができて、うまくいくような気がしています。

不幸な病気であり、こんな目にまだあう人がいることは悲しいことですが、それに負けず、彼氏さん含め、ご家族の方々といい時間を過ごしてください。
厳しい現実を目の当たりにしているだけに安易なことを言う気はありませんが、願わくば少しでも奇跡が起きることを切に祈っております。

投稿: SAISEI | 2013年3月 9日 (土) 00時26分

14日にALSからの誤嚥肺炎で父親が亡くなりました。他人事では思えないのでコメントさせていただきます。
なんでうちのお父さんが!って病気が憎かったです。発病してから30年近くで施設に入って15年、頭は確かなのに、身体は動かないから、おかしくなって当然ですよね。亡くなる最後まで口からご飯を食べれた事が幸せだったのかと思います。
本当に病気が憎い。

投稿: りえ | 2013年3月18日 (月) 16時12分

>りえさん

おつらい時期なのに、コメントありがとうございます。
心からお悔やみ申し上げます。

お気持ち、本当によく分かります。
この病気は本当に生き地獄みたいにしか思えません。
頭が正常で、感覚神経も正常。運動神経だけ麻痺していき、体が動かなくなる。
本人はどれだけ絶望の中にいたのかと思うと、家族として悔しくてなりません。

おっしゃられるように、長期の闘病生活で、最後まで口から食事が出来たことはほんの少しではありますが、幸せなことだったと思います。
うちは早くに胃ろうにしてしまい、溺愛する娘に介助してもらいながら食べる楽しみすら失わせてしまいましたから。
今でも、それが大きな悔いとして残っています。

まだまだ悔しい想いが溢れてきて、つらいとは思いますが、30年にわたり、お父様と向かい合って共に生きられたことをご家族として誇りに思い、ご自分方の幸せな人生をまた心穏やかに過ごせるように歩んで欲しいと願います。

ありがとうございました。

投稿: SAISEI | 2013年3月19日 (火) 22時02分

お返事ありがとうございました。心救われました。
父が亡くなってから、真剣にネットで筋萎縮症を調べてたら、こちらのブログに辿り着きました。同じような思いだったり、父と比べてみたりで涙がでました。
今この難病の薬が一刻も早く出来るのを心より思います。
お父さんって娘が好きですよね。娘もやっぱりお父さんが大好きなんですよね。
また覗きますね。ありがとうございました。

投稿: りえ | 2013年3月19日 (火) 22時49分

>りえさん

同じ病気で苦しむ人、ご家族の方々に嘘偽りの無い事実を伝えられればと思って書いた記事です。
2009年の記事にまだこうしてコメントをくださる方がいることに、いまだこの病気は治らない難病のままなんだなあと愕然としますね。
ノーベル賞やらいくら基礎研究が進んでも、こうした実際苦しむ現場にまでその成果が下りてきていないことも大きな問題でしょう。
あまりにもひどい病状を目の当たりにしてきたので、治せとまでは言いませんが、せめて誇りある生活を患者が出来るような症状改善薬は市場に普及して欲しいものです。

お父様が大好きと言うコメント。
亡くなられたお父様は喜んでいらっしゃると同時に、さぞかし無念の想いでいらっしゃることでしょう。
妹もどうも同じ感覚みたいです。
息子の私にはどうも分からん感覚ですわ(゚ー゚;

亡くなられたのは、仕方ありませんから、後は、残された私たちは、幸せに生きていきましょう。
それがこの病気に対するせめてもの抵抗だと思いますので。

投稿: SAISEI | 2013年3月20日 (水) 04時52分

そぅですね。
治せまでとは言わないですが、誇りある生活ですよね。私はお世話が面倒で嫌な顔したり、辛く当たったりしてしまい懺悔しかありませんm(__)m
うちのお父さん、お母さんには絶対にあれしろ、これしろって言わなかったです。いつまでも男で居たかったんですかね?娘二人には鼻掃除やら耳掃除頼むくせに(-_-)彼なりのこだわりがあってそれが面倒でした^_^;

SAISEIさんのブログ見るのが今凄く落ち着きます。何度も何度も読み返してますよ。
少しずつだけど、現実を受け止めてきてます。

投稿: りえ | 2013年3月20日 (水) 23時43分

>りえさん

あ~、男で居たかったのかあ。
コメント拝読して、なるほどなあと今さらながら父の気持ちが。

うちもそうだったのです。
語弊がありますが、いわゆる汚いとか面倒くさい介護作業はだいたい妹中心でした。
息子の私には男のプライドがありますから、させるのは嫌だろうし、私も率先してしませんでしたが、なぜ、妹にさせて母にさせないのか不思議でなりませんでした。
溺愛していた妹にそんなことさせるのは嫌じゃないのかなあと。
なるほどねえ・・・

もう亡くなって数年経ちましたから、冷静に思えるようになったこともありますが、最後に娘を独占できて、その点は父は幸せだったと思います。
最期も、妹が到着して数分後に息を引き取ったらしいので。
その15分後に着いた私は死に目に会えず。
もう少し頑張れんかったのかよと。

りえさんのお父様も、きっと娘さんに色々としてもらったことには、良かったなあと思いながら息を引き取られたと思いますよ。
誇りに思えばいいと思います。

投稿: SAISEI | 2013年3月23日 (土) 01時39分

SAISEIさんの09年12月20日のブログ見て、なんだか涙がまた出てきましたよm(__)m
私は広島なんですが、お父さん生きてるうちに、貴方と会ってお話がしたかったですし、早くにこのブログを読んでおきたかったです
なんせこの難病知らない方多すぎですしね
美容関係のお仕事なんですか?私は美容部員です。
仕事してる時は大丈夫なんだけど家に帰って、落ち着くとダメですね
妹さんは大丈夫ですか?
お母様は?

なんでこんな病気に私たちの親がならないといけないのですかね?本人恥ずかしい思いも沢山したと思います。職場でトイレから立ち上がれなくなり、周りは誰一人と優しい言葉は掛けてくれず、大好きだった仕事も退職しました。家族で泣きました
色んな事がお互いにありましたね。
今は、ストローやスプーン、必要ないですよね?歩けますよね?
痒いところかけますよね?知りたいこと沢山です

投稿: りえ | 2013年3月26日 (火) 23時36分

>りえさん

12/20のブログ。
あ~、ここから結局1年もたなかったんですねえ。

読み返してみると、今もあまり変わらないですね。
あれをしてあげればとかは、今でもたまに思い起こすことがあります。

もう3年経とうとしているので、母も妹もようやく落ち着いた感じですかね。

しばらくはつらいかもしれませんね。
私も父が亡くなって初めて、生前は思いもしなかった、一緒に話したい、悩みを聞いてもらいたいとか思ったりしましたから。
まあ、仕方ないです。
時が経つのを待つしか。
少なくとも、亡くなった人は向こうで元気にしているでしょう。
なんせ、あの病気から解放されたのですから、それ以上の幸せは無いでしょうから・・・

投稿: SAISEI | 2013年4月 1日 (月) 10時24分

初めまして。
私の叔母(68歳)も、1年程前にALSを発症し、先月、気管切開をしました。

病院での入院期間を過ぎ、現在は難病患者を受け入れてくれる施設へ入所しています。
発症数が少ない為か治験もやっていないようですし、何も出来ずにただ衰えていく姿を見ているのも本当に悲しいものがありますね。
本人が一番辛い訳ですし、私達身内までも落ち込んではいられないので、叔母が話せなくても暗い雰囲気にはならないように心がけています。

早く、この病気の治療法が見つかる事を祈るばかりです。

投稿: まちゃ | 2013年9月 1日 (日) 02時45分

>まちゃさん

コメントありがとうございます。

私の父と同じ歳ぐらいの発病ですね。
女性だったら、本当はまだ後、最低10年は人生を楽しめるはずなのに・・・

専門の施設に入所できたのは良かったです。
身内の方々の負担はだいぶ楽になりますものね。
その分、書かれているように落ち込まずに、明るく接してあげて欲しいように思います。
悩んでも、この病気、治りませんから。

大学で革新的な研究成果が出たということはよく報告されるものの、そんなものが実際の医療現場に下りてこないのは、日本の本当にダメなところです。
言い方は悪いですが、こんな死を待つだけの難病には、その覚悟を持って大きな勝負に出るような治療もするべきだとずっと思っています。
本当は、私の父にも遺伝子治療とか、ダメもとで色々としてあげたかったです。

とにかく歯がゆいことが多いですが、少しでも残された時を、一緒に過ごしてあげてください。

投稿: SAISEI | 2013年9月 2日 (月) 11時32分

はじめまして、私の父は12月10日検査入院をします。

秋に一度、検査をしていただきましたが、難病かもしれないと宣告されたようです。

主治医の先生に「いままで私が経験したことがない患者さんだ」と言われたそうです。

病状は、腰が曲がり、前傾姿勢が続くので首も前に出て肩と腰が痛く

その上、右手中指が動かず親指も上手く動きません。
箸も上手く持てません。

秋頃は上まであげられた腕が現在は水平に上がる位です。痰が上手く出せなくなりました。声も小さく、筋肉がどんどん痩せてきています。体重も随分減りました。

父の年齢は74歳、母と二人暮らしです。母は、高血圧症で薬を飲んでいます。

私は妹と二人姉妹ですが、二人とも家庭があります。

母は、72歳、最近足も悪くして・・・検査入院後の結果を聞いたら・・・母もどうなってしまうんだろう・・・その後の介護はどうすればいいのだろう・・・

こんな事、両親には伝える事も出来ず、妹には「もしかしたら・・・」と、伝えました。

毎日毎日、悩んで悩んで・・自分でも病気になりそうです。

この病気には、遺伝もあるような内容ですが、私も2年くらい前から左手小指、薬指が上手く動かなくなり、ここ2カ月くらい前からちょっと舌が上手くまわらない時があります。

今までこんな事がなかったのに・・・もう、不安で気が狂いそうです。

投稿: ピーチ | 2013年12月 7日 (土) 21時52分

>ピーチさん

あまりにも深刻な状況・・・
かける言葉が見つかりません。
難病では無いことを願いたいところですが、現に症状が現れている状況からは、難病で無かったとしても、事態は改善はされませんね。
介護の問題も含めて、いったいこれからどうなってしまうんだろうかと不安な気持ちで、潰されそうになられていると思います。
難病なだけに、ALS協会をはじめ、相談できる機関がありますから、それを利用しながら、少しでもご自身やご家族の方々の負担を少なく出来るように頑張ってください。
こんなめちゃくちゃな事になってしまって、何が頑張れだと思われるでしょうが、本当に何とかするしかありませんから・・・

遺伝の問題は、私も思い出すと不安になることがあります。
稀だとは聞いていますが、原因遺伝子は明らかになっているようで、本当は調べたらすぐ分かるのかもしれません。
だた、知ったら、自分が精神的にどうなってしまうのかが心配でとても調べる気になれません。
ピーチさんの場合、何か症状が現れているので、安易なことは言えませんが、調べた方がいいのかもしれませんね。
神経の損傷を少しでも防ぐべく、抗酸化作用の薬などで抑えることを検討しないといけないのかもしれませんから。
こちらはストレスによる一時的な症状であることを祈ります。

どうかお気を強く持って、この最悪な事態を乗り切ってください。
あ~、もうみんなで死んだ方がましだわぐらいに思ったあの頃を思い出します。
つらいと思います。
それでも・・・
どうか、どうか、この状況の中でも少しの光を見出してください。

投稿: SAISEI | 2013年12月 8日 (日) 18時20分

ドキュメンタリー番組で初めて目の当たりにした病名。縁のないものだと思っていましたが、私の身近にもこの病と向き合っている方がいるのです。私だったら自害してしまうだろうと思います。私にこの病の残酷さは受け入れる程の強さはないと思う、ゆえにこの病気になりながらも、周りに気を遣いながら、ひたすら耐えているあなたは私にとってはあなた様なのです。神は耐えられる人に苦しみを与えるという言葉ありましたよね。まさに選ばれた方だと尊敬の念を抱き、こんな未熟な私にあなた様とかかわれる出会いを下さったことに恥じないよう精一杯頑張らせて頂きます。あなた様の存在が周囲のすべての人に刻まれていることでしょう。
情報がない中で皆様の苦悩のコメントを拝見させていただき、家族様の側の気持ちを少しは理解できたと思います。ありがとうございます。また拝見させてください。

投稿: kazu | 2014年2月11日 (火) 02時56分

>kazuさん

コメントありがとうございます。

私も全く同じです。
自分の父がこんなことになるまで、自分に関わりなどあるはずもないものだと思っていました。
そして、父の姿を見て、自分だったら、とてもじゃないが受け止めることが出来ないだろうと思っています。でも、それは、きっと、父も同じだったようで、まだ喋ることが出来た頃に、死ねる時に死んでおけば良かったとつぶやいていました。
無条件に与えられた苦しみは、どうであろうと人は受け入れて頑張っていかないと仕方ないのかもしれません。

この記事を書いてから、もう4年が経ちますが、未だにこうしてコメントを下さる方がいらっしゃいます。
皆さん、家族として、この苦しみを受け入れなくてはという神様に無理矢理させられたような覚悟の中で必死に頑張っていこうとしているようです。
そんな姿は、悔いはたくさんあれど、過去の自分たちの頑張りを肯定してくれて、また同時にこれからその苦しみに立ち向かう人たちへの心から祈りを引き起こします。

kazuさんも、苦しいでしょうが、やれることをやって、この不条理な苦しみを全うしてください。
そして、それが肉体的にも、精神的にも少しでも心穏やかな時間となるように祈っております。

投稿: SAISEI | 2014年2月12日 (水) 00時05分

はじめまして。
検索をしていて、こちらにたどり着きました。
現在、主人(37歳)がALSと診断されて、1年半が経ちます。
言語から始まり、握力もほぼない状態になってきています。
今、リルテックのみ服用しています。
何か他によい薬がないか、治験に参加できないか・よい病院等がないかなど探しています。
よければ、教えていただけないでしょうか??
私どもが通院している病院も県立尼崎病院です。
どうにかして、進行を少しでも遅らせてあげる方法を見つけたいと
思い投稿させていただきました。

投稿: tomo | 2014年8月22日 (金) 22時42分

>tomoさん

コメントありがとうございます。

まだお若いのに、本当に厳しいことです・・・

うちもリルテックを服用していました。
当時、メチコバールというビタミンB12の治験があったのですが、症状が進み過ぎていて、受けることは出来ませんでした。
治験でどこまで有効性を証明できたのかは分かりませんが、一つの手段として、これも服用することがあります。

あとは、うちは、神経障害を少しでも緩和させるために、アルファリポ酸、ビタミンC、グルタチオンという抗酸化剤の点滴を週2回していました。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/als-cf7c.html
これは、適用症例外であり、かつ混合診療になってしまったりするので、医師に相談する必要があります。
肝心な効果は、よく分かりません。していたから、少しでも命が長らえたのか、しなければ、もっと早く亡くなっていたのか。今となってはもう。
ただ、正直、何も出来ませんので、何もしないよりかは良かったかと思っています。コストも手頃ですし。

あとは、私が仕事柄、がんの免疫治療の研究をしていますので、体の免疫能力、健康感を少しでも取り戻せるように、リンパ球やマクロファージを活性化させるような治療も受けさせようと思っていましたが、その前に亡くなってしまいました。
こちらは、ALSと直接関わるデータなどは一切ありません。私自身が、免疫能力の減退が色々な病気を引き起こすと信じているところがあるからです。コストもかなりかかります。

東北大学でHGFの適用を研究して治験もしていたようですが、なかなか大学の研究が現場に下りてくるまでには時間がかかるので無理でしょう。
独自でやってくれるような医師がいれば、可能ですが、そんなリスクを背負う先生がいるとは思えませんし。

といった感じで、お役に立てるようなことはほとんどありません。
この病気に対しては、本当に私たちは無力だと思います。
少しでも進行を遅らせてあげることを祈りたいところですが、正直、自分の父の場合は、早く進行しきって終わりを迎えた方が楽なのではないかと思ったこともあり、複雑な気持ちです。
それでも、まだ、少しでも握力があり、声が発せられるなら、その状態で維持できればと願います。

どうか、tomoさん自身のお体、お心をご大切に。
厳しいながらも、ご主人様との大切な時間をお過ごしください。

投稿: SAISEI | 2014年8月23日 (土) 11時11分

身近にALSの人はいませんが、この病気の存在を知ってから自分もなったらどうしようと、ひとりでビビってる28歳男です。

自由を奪われ、正気を保つ手段まで奪われるのは俺にとって最大の恐怖です。

俺にもしこの病気が発覚したら、すぐにどこかの外人部隊に所属して、戦場で戦って戦死します。入隊させてもらえるかわかりませんが。

みたいに、
この病気を知ってから、自分の死にかたを結構真面目に考えるようになっちゃいました。

投稿: ガンダルフの弟子 | 2015年12月27日 (日) 12時36分

>ガンダルフの弟子さん

コメントありがとうございます。

私なんか、現に父が発症して、遺伝性の場合もあるらしいので、本気でビビっていますよ(゚ー゚;
44歳なので、老化もあるのでしょうが、ちょっと階段で転びそうになったりしたら、すごく不安な気持ちになる時が・・・

もし、発症したら・・・
不謹慎な言葉かもしれませんが、自殺をする覚悟を自分が持てるかなあ。
父はもっと早くに自殺しておけば良かったと言ったことがありました。
モタモタしてたら、体が動かなくなるから、もう死ぬことも出来なくなりますから。
外人部隊も、申し込んで色々してたら、合格通知が届く頃には、もう飛行機に乗ることも出来なくなってしまうかもしれませんね。
そんな病気です。
この病気は安楽死も真剣に考えるべきかもしれない恐ろしい病気ですわ・・・

投稿: SAISEI | 2015年12月28日 (月) 00時54分

私の姉が38歳の時にALSと診断され、あれから3年です。
本人は本当によく頑張っています。
私達姉妹は日本から遠い国に住んでいて、姉と私は同じ国でも遠くに住んでいます。両親は日本です。
時間とお金がかかるので、頻繁には姉に会いに行けません。
これは薄情なのかなって、胸が痛くなる時があります。
自分の生活も同じくらい大切なんだ、と、3ヶ月に1度くらい(2−3泊)しか会いに行きません。
さっきも言いましたけど、時間とお金がないのです。
それに、病人扱いなどせず、できれば普通に接したい。
(本人もそれを望んでいると思っている)
遠いのに、毎月毎月2泊だけ、話ができない姉に会いに行くとなると、姉本人は一体どう思うのだろう、と考えたりします。
私たちの仲が急速に良くなったのは、3年前です。病気を診断されたあたりからです。

本当に色々なことを考えてしまいますが、実際、ALSなど、治療法のない病気にかかってしまった人への接し方はどうしたらいいのでしょうか?
毎日毎日を精一杯生きているは本当によくわかります。でも心配なのです。
その心配事を本人に伝えてもいいんでしょうか?
話はほとんどできず、指は動きません。首はだらんと前に垂れ、起こすのが大変そうです。腕も上げられなくて、階段の登り降りはもうそろそろ控えないといけません。鼻から息がしにくくなってきており、口だけで息をすると口が乾いて喉が乾く。だから夜ゆっくり眠れないようです。
それなのに、まだ一人暮らししてるのです。
転んだら一人では起きられません。
でも、小さな村の、小さなお店の「2階」に「一人で」住んでいるのです。
そして毎日職場の人に迎えに来てもらって、仕事に行くのです。
職場の上司は「彼女が居たいだけいればいい」と言ってくれており、仕事になってるのかどうかはわかりませんが、毎日行きます。

毎日ケアギバーさんが朝と夜に来てくれるそうですが、5分で終わる仕事をしに一日2回きてくれるだけです。
少し大きな町に引っ越ししたらどうだろうか、施設も色々と充実している、という提案をすると、(私が住んでる市には移りたくないとの事)「みんな私が死ぬと思っている。でも私は死なない」というのです。

言い方が悪いですけど、
「気持ちは生きていても、体は死ぬ。そうなる前に何かしたいことをしたらどうか?」
「他の人より、寿命が少し短いことを宣告されたんだから、残りの人生を、今までずっとしてみたかったことに集中してみたらどうか?」(コレはちょっとキツイ)
「死なない、私は死ぬ気がしないって、そんなことを言っているより(本当に彼女はそう言っている)、毎日を”明日死ぬかも”という覚悟で人に多少甘えながらでも、したいことをすればいいんじゃないか?」(これはかなりキツイ)

こんな事を私は思っているのです。
母に、私はドライだ、キツイ、なんでそんなことが思えるのかと涙を流しながら言われました。
でも私は短い間に(5年間位で)友達を10人以上、事故や災害、そして病気で亡くし、それから、自分自身が少し変わったような気がするのです…。
姉には生き延びてもらいたいより、残りの人生を少しでも楽に過ごしてもらいたいんですけど、それは私が思ってるだけで、彼女がどう思ってるかは聞けないのでわかりません。

長くなりましたが、この私の長い文の中から、私の姉に対する思いと接し方、どう思いますか?
私は自分勝手ですか?
治る見込みのない病気にかかってしまった人への接し方がわかりません。

PS
体が全く動かなくなったら死ぬこともできない、とのコメントを読みましたが、目や頬、体のどこかを使って会話はなんとかできるので、それまでに、スイスに行くのもいいかもしれません。スイスでは安楽死が違法ではないので、家族に見守られながら、眠るのです。

投稿: ラテ | 2016年4月28日 (木) 14時09分

>ラテさん

遠い国から、コメントありがとうございます。

難しい話ですね。
答えは個々によって、また家族によって違うのでしょうし。
ただ、拝読して思ったままを書かせていただくと、ラテさんの考え方は、ほぼ私と同じです。

ALSの父の時も、昨年、再発した末期乳がんで亡くなった母の時も、もう死ぬことを前提に、残りを如何に過ごしてもらうかに重点を置いて接しました。
ドライ、キツイと書かれているとおり、この死を前提にしているという考え方は、人によってはかなり厳しく批判されることになると思います。
でも、それだったら、生きることにしがみついて接しないといけなかったのでしょうかね。
私だって思いたくなかったし、言いたくもなかったですけど、生きられない病気なのですから。
私は、頑張って生きよう、生きることを必死に考えて残された日を過ごそうとするよりも、無念ではありますが、死を受け入れて、残りの生を如何により良く過ごすかを考えて、少しでも穏やかな時間を得られればと考えていましたし、今もそう思っています。
最後まで治療を頑張るとかは嘘だと思っています。
治せない、治らない病気は存在します。現にALSはそれだと思っています。
どこかの段階で、後は死までの時間を如何に穏やかに楽しく過ごせるかを考えることが患者の周囲にいる者の出来ることなのではないでしょうか。

実際に父や母がどう思っていたのか、本当の正直な気持ちは分かりません。
本当は、死の影などチラツカせずに、一緒に生きようとしてくれることを望んでいたのかもしれません。
私も自分の生活があるから、それに大きな負担をかけてまでは、毎日のように見舞いに行ったりも出来ないと言って、本当にそうしていました。これも、白状だとか、冷たいと思っていたのかもしれません。
でもね・・・
現実はそんな綺麗ごとで片付く話ではありませんから。

お姉様の真意は、もちろん私には分かりかねますが、何となくですが、こうなった今でも変わらぬ日々をお過ごしになろうとされているのは、彼女の望みなのではないでしょうか。
こんなどうしようもない病気に、本当に不幸にしてかかってしまったという現実に対して、逆に嘆きや悲しみを越えて、揺るぎない態度で、これまでと変わらない日々を過ごすみたいなことを感じます。
死を口にしたり、これまでしてきたことを辞めてしまうことが、彼女にとってはもう死なのかもしれません。
それならば、その意志を尊重して、そのままの日々を最後まで過ごさせてあげられるようにすることも、大事なことなのかもしれません。
個人的には、父や母にしてきたように、美味しいもの食べさせたり、何かしたいことは出来る限りさせてあげられるようにした方が、ご本人も辛くないだろうとは思いますが。わがままになってもらっていいんでね。だって、そんな辛い病気になってしまったのだから、その権利があります。
死に屈服するみたいな感じになりますが、やはりかなわないと思うのです。だったら、抵抗せずに後は楽して少しでもと。
でも、これは人によって考えが違うだろうから、分かりませんものね。

結局、答えは出ませんが、最後の質問には私はこう答えます。
お姉様への接し方は、私が父や母にしてきたこととよく似ているなと同調を感じます。
自分勝手かと言われると、私自身、自分勝手ではあっただろうなと思っています。でも、治る見込みがない人と接するのは、そうあらないと仕方がないことも多々あると思っています。
これは死と向き合わないといけないことになった者たちの問題ですので、互いに自分勝手なところが出てくるのは当たり前なのだと考えます。
だから、勝手な自分を卑下することは無いし、勝手な相手を責めることも無いのだと思っています。

まとまりがない文章になりまして、申し訳ないです。
毎回、こうしたコメントに書きたくても書けないことがあります。
どうか、病気が治ることを祈っていますと。
書かれているお姉様の症状。私の父も全て経験してきたことです。だから、その後どうなるかが見えてしまいます。
だから、嘘でも治るようになんて書けません。
奇跡は祈ります。
でも、現実には、どうかお姉様、ラテさん共に穏やかな時間を過ごして、急速に仲も良くなったとのことですので、この病気に関わることになったことを少しでも納得できるようになれることをお祈りします。

投稿: SAISEI | 2016年4月29日 (金) 12時43分

2年ほど前から太ももの力が極端に弱くなり、近くの病院でALSの可能性ありと診断され、近く大学病院で診察を受ける予定の73才の男です。
海外ではALS治療に医療大麻が効果がありかなり使われているとの情報を得ていろいろ調べています。ALSと診断された場合は医療大麻の入手しやすいワシントン州に短期的に住むことも考えています。
たくさんのALSの投稿があるのに医療大麻に関する情報がないことに不思議に感じています。

投稿: ALS疑い | 2016年5月30日 (月) 05時08分

>ALS疑いさん

コメントありがとうございます。

それは不安な状況ですね。
私の父がALSで苦しんだのは、もう5年以上も前の話ですが、きっと大きな進展は遂げていないのでしょうから、治療はおろか、未だ確定診断すらはっきりしていないのでしょうね。
何らかの原因で筋肉の衰えの進行が進んでいるのは確かみたいですので、少しでもその進行が緩くなることを祈るばかりです。

医療大麻でALSの進行が抑制された事例はあるみたいですね。当時は全く知りませんでしたが。
医療大麻に限らず、日本は医療に関して、何か利権的なことが働いているのか、新しい治療に関してすぐに否定的な態度を示しますからね。
チャンスがあるならば、それに賭けてみたい患者は、ALSに限らず、癌やら様々な難病でいるわけで、本来はそれを止められるいわれはないと思うのですが。
本当は日本でそんな治療を受けられるチャンスがあればいいのでしょうが、現状ではどうしようも無い話でしょうか。ましてや医療大麻となると。
ワシントン州で、そんな治療が受けられるなら、それは非常に良いチャンスですね。
向こうに行かれるだけで、体力も消耗されるでしょうし、精神的なご負担も多いかとは思いますが、本当に何らかの効果が得られたら。
そんな積み重ねが、いつか日本の医療を動かしてくれるのかもしれません。

どうか、お体に気を付けて、まだ分かりませんが、上手くALSと付き合って生きてください。

投稿: SAISEI | 2016年5月30日 (月) 15時06分

ALSとの診断をされ再検査予定です。

http://www.siyaku.com/uh/Shs.do?dspCode=W01W0232-5307
ネットでこの動画を見て同様の効果を持つという「ベータカリオフィレン」を購入して飲み始めました。

まだ2週間ほどなので効果はわかりませんが続けるつもりです。少しでも参考なればと思っています。

投稿: ALS患者 | 2016年7月 1日 (金) 08時34分

>ALS患者さん

ご不安な中、コメントありがとうございます。

先のコメントをいただいた方も記載されていますが、医療大麻と同じ考えみたいですね。
全く知りませんでした。
食品添加物としては日本も認可されているみたいで、こういった何らかの効果を生む可能性がある物質を医薬品だけでなく、食品など幅広く提供できる環境を作って欲しいものです。

効果は本当に試してみなければ分からないと思います。
私自身、医者ではありませんが、クリニックで研究に従事しています。
ある普通の物質が、多発性硬化症に絶大な効果を示した事例もあります。1年の服用で、車いすから階段を歩けるようにまでなりましたから。
可能性を信じて、何とか進行を食い止められたらと思います。
私の父は、残念ながら、どうにもなりませんでしたが、少しでも効果が出て、良き時間が過ごせることが出来るよう、祈っております。

投稿: SAISEI | 2016年7月 3日 (日) 11時15分

古い記事のようですがコメント欄に大変ご丁寧に返信をしてくださっているようなので、初めて書き込みをさせていただきます。
ペランパネルという、てんかんの患者さんに効果のある新薬がALSにも効果がありそうとのニュースを読みました。
現時点ではマウスレベルの研究ですがどう思われますか?
本当にSAISEIさんの個人的な考えで構わないので、一言頂ければと思います。
もう一つ、多発性硬化症に効果のあった普通の物質というのも、可能であれば教えて頂きたいです。
家族がALS発症半年で、まだ動けるうちに色々と試したいと思っています。

突然、不躾な書き込みで失礼致しました。

投稿: ブルー | 2016年8月28日 (日) 00時25分

>ブルーさん

コメントありがとうございます。

ペランパネル、不勉強で全く知らず。
ネットで調べました。
これまでの活性酸素による神経細胞破壊を抑えるとかではなく、ALSに特異的な受容体に作用させるというものみたいですね。神経系の病気ではなく、ALSのための開発なので、記事を見た限りでは、どうしても期待が高まりますね。時間はかかっていますが、やはり研究って進んでいるんだなあと感じます。
医師主導の臨床試験も開始されるようですが、時間との戦いですからね。てんかんで認められている承認薬なのだから、違う症例での使用承認をスムーズに進めて欲しいところですね。

私の父の頃は、ちょうどビタミン12、メチルコバラミンという承認薬がALSにも効果ありというデータが出て、適応拡大の臨床治験が開始されたところでした。でも、父の病状は進み過ぎており、治験対象外となって治療は受けられませんでした。結局、医薬品会社も良いデータを出さないと承認されませんから、言い方は悪いですが、もうダメな人は相手してくれないのが実情なのでしょう。だからこそ、そんな人でも、受けたい意志があるなら、個人的に可能な医療システムを構築して欲しいのですが。

あくまで個人的な意見ですが、可能ならば、その治療は検討されてもいいように思います。
詳細なデータは見ていませんが、投与量も、現状のてんかん症例とほぼ等量で効果ありみたいなので、安全性はかなり高いと判断していいように思います。
まあ、悩ましいところですが、ALSを経験している家族の一人として語弊を招くかもしれませんが、言わせてもらえるなら、仮にこれで何かあったとしても、運動神経が破壊されて、動けなくなっていくことよりも酷いことってそんなに無いと思うのです。

多発性硬化症の件ですが、下記HPをご覧いただければ幸いです。
あまり、自分の正体をこのブログでは明かしたくないところですが、私はこのクリニックに勤めております。
http://www.saisei-mirai.or.jp/gan/
このページの下の方に、医師が発表したスライドがあり、その中で多発性硬化症に著しい効果を示したことが記されています。
この患者様は、初期は2ndGcMAFの治療を受けられていましたが、後半、下記の商品も使用され始めています。
http://www.saisei-mirai.or.jp/gan/macrophage_colostrum_gcmaf.html
これが普通の物質と私が書いたものです。食品として販売しています。

まあ、信じ難いところもあって、海外のネットなどではいかがわしいと思いっきり悪く書かれたりもしていますが・・・
私は、どうしても開発にも携わっていますので、贔屓目がありますが、可能性は信じていいように考えます。
私の父の頃はまだ開発出来ていなかったのですが、もし、今なら、間違いなく使用させています。
ちなみに、母は昨年、乳がん再発で亡くなりましたが、上記治療を1年半ぐらいさせていました。結果ははっきり書けば、効果無しということになります。良いように書けば、使用していたからすぐに亡くならなかったとも言えますが、まあ、これは開発側の言い訳かもしれません。そう思わないと悲し過ぎるところもありますし。ただ、なぜか長年患っていた高血圧が治ったりと、身体のバランスを整えることに効果を示しているのかなあと考えています。
コストとの兼ね合いがありますが、これに限らず、可能性があるものは試す価値はあるように思います。
ご存知の通り、ALSはそんな既存の治療でどうにかなるものではなく、リスクを背負ってでも可能性に賭けないと仕方がないところがあると思うので。また、それが家族を苦しめるんですけどね。

思ったままのことを記させていただきました。
あくまで、個人的な意見として捉えて下さい。
まだ、動けるとのことですから、その間に少しでも、チャンスがあるなら、掴み取れればいいですね。
失礼な書き方にはなりますが、動けるのがいつまで続くかは本当に分かりません。父の時は、あれよあれよで、いつの間にやら車いすにも乗れなくなり・・・
同時にたくさん話して、出掛けられるなら一緒に時間を過ごされるといいと思います。
綺麗ごとで語れるような病気じゃないので、進行は間違いなくするのだと思います。だからこそ、今を本当に悔いなく、一緒の時間を過ごされることを切に願います。

投稿: SAISEI | 2016年8月29日 (月) 14時41分

お忙しいところ、わざわざ調べてくださってありがとうございます。
そういったSAISEIさんの丁寧で親身な対応が、何年にも渡ってこのコメント欄に人が集まる理由なんだと思います。
ペランパネルですが、主治医に相談したところ、てんかんの患者ではないので出せないと言われてしまいました。
仰る通り、放っておいても体の不自由さは悪くなるばかりなので、副作用等々多少のリスクはあっても積極的に試していくべきだと患者側としては強く思います。
なかなか日本の医療制度は歯痒い部分が多いと感じます。
なんとかして使用することができないのか、もう少し交渉してみようと思います。
貼り付けてくださったリンクも拝見しました。
無理を言ってしまい申し訳ありません。
都内に在住なので初乳MAFのサプリメントだけでも購入することができないのか、家族と相談をして病院に問い合わせてみたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: ブルー | 2016年8月29日 (月) 23時15分

朝手がむくんでいる、洗濯ばさみが開きづらい、車のエンジンキーが回しづらい症状がきになっている50歳の主婦です。もしや…と思い一気に読ませていただきました。まだ見てますよと伝えたくて。。

投稿: 猫好き | 2017年4月23日 (日) 18時50分

>猫好きさん

コメントありがとうございます。

ALSは遺伝の可能性も結構な確率であるらしく、私も神経関係の異変を感じるたびに、もしやと疑って不安になっております。
まあ、だいたいは歳が原因であることが多いようですが(゚ー゚;

それにしても、この恐ろしい病気になったらどうしたらいいのか・・・
よく寝たきり老人のことが話題に挙がったりしますが、ALSは本当に身動き一つ出来なくなりますからね。

ちなみに2008年1月にこけるちょっと前に、「左手の小指を曲げてるとすぐに戻らない」と言っていたのが父の発症の本当の最初だったのかなと思っています。
だから、手がちょっと痺れたりすると、やはりもしかしたら遂にとか思ったりして・・・

まあ、どうにもならないことでもありますから、お互い、体を大切にしながら、今を楽しみましょう。
ありがとうございました。

投稿: SAISEI | 2017年4月25日 (火) 12時36分

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